人の世の縁とは不思議なものである。旅の途中で出会った人との短い会話が一生のつながりになることもあれば、幼いころからの長い付き合いが、ふとした行き違いから切れてしまうこともある。 茶事の心得に、「一期一会」という言葉がある。 今日ここであなたに出会ったことは、生涯に一度のことで、明日もお会いできるという保証はどこにもありません。一生に一度かもしれないこの機会に、心をこめて一服のお茶を差し上げ、おもてなしをしたいと思います—というほどの意味だろうか。 茶道に詳しくない私にも、普段の暮らしの中で、しばしば出会いの大切さを思うことが多くなったのは年のせいだろう。 昨年10月、突然見ず知らずの白人女性Dさんから電話で通訳を頼まれた。 「私の主人Yは日本人なのですが、来月、日本から妹が訪ねてくることになりました。主人は認知症が進んでいるので妹と日本語での会話が出来るかどうか心配です。妹は英語が話せないので、4日ほどの間通訳をお願いしたいのです」 そして11月の初め、妹さんを空港に迎えに行くときに夫妻に同行した。Dさんの頼みで、車中私とYさんはずっと日本語で話し続けたが、少し返事が遅れたり英語が混ざることはあったがトラブルは無く、そのことをDさんの耳にこっそり伝えると、彼女の顔がパッと明るくなった。 この分なら私が4日間つめる必要もないと思い、「もし困ったときには電話をしてください」と言ってその日は別れた。そして4日後、「妹は主人と日本語で話し、主人の好きな和食を作ってくれて、おかげで2人はとても楽しそうでした」とうれしい電話があった。 不思議なことに、たった一度しか会っていないこの夫婦の存在がほっこりと心に残り、いつか一緒に食事をする約束をしたのである。 多忙な年末年始が過ぎたある日、Dさんから電話があり、Yさんの訃報が届いた。とうとう彼と食事を共にすることは出来なかった。 私とYさんの出会いはお互いの人生のうち3時間足らず、まさに一期一会であったが、いま私は妻のDさんとの友情を深めつつある。【川口加代子】
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