「作庭記」
厳かな葬儀だった。戦争直後、流行った「星の流れに」のメロディーが流れる中、生前の写真スライドが映し出された。故人がくぐり抜けてきた時間と空間が同年の私のそれと重なり合って走馬灯のように駆け廻った。 1月初め、電子メールを受け取ったばかりだった。 「パサデナのStorrier Stern Japanese Gardenの件で、お会いしたく、近いうちにご連絡申し上げたく思っております。このGardenの理事長が大兄にぜひお会いしたいと言っているのです」 正式に市公認になったのを機に日本向けに紹介してもらいたいという要請だったのだろう。 故人は、私がアメリカでお近づきになった数少ない文人画人の一人だった。著名な日本庭園設計家であり、大学教授であり、宗教家だった。功成り名を遂げたが、驕ることのない、謙虚な方だった。私を「やまとことばの世界」に引き戻してくださる「師」でもあった。 もったいないことだが、拙宅の裏庭に枯山水を造ってくださったのも、故人だった。 「日本庭園の極意というのは、この本にすべて書かれているんです」 平安時代に書かれた「作庭記」(Sakuteiki)という造園に関する秘伝書だった。作者は橘俊綱といわれ、近年、英訳されている。 「優れた山水の形の背後には無数の相対なきことがある。そのまとまりが自然の山水を形成している。石を立てる(庭造りをする)という直截(ちょくせつ)なこころの形を無批判に論ずるよりもその間の事情を推し量るべきだ」 造園の神髄に触れながら、実はさまざまな人たちと共存するための処世訓を説いている。 最後にお会いした折、故人はこんなことを話された。 「日本の庭園はConceptual(概念的)なんですね。そこへいくと、中国庭園はPictural(絵画的)、韓国の庭園は Geometrical(幾何学的)。日中韓の造園家三人でこの比較論を書こうと思っているんです」 葬儀のあった夜、拙宅の枯山水に故人の面影が浮びあがった。【高濱 賛】
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