インディ500覇者、佐藤琢磨選手:トヨタグランプリをPR
佐藤選手(右)のドライブで、ピットを離れる羅府新報記者の永田潤
昨年の「インディ500」で日本人初の優勝を成し遂げたインディカードライバーの佐藤琢磨選手(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)が第44回「トヨタグランプリ」(ロングビーチ、15日決勝)を翌週に控えた3日、プロモーションイベントに参加し、レース会場でメディアに対応し、記者を乗せ2人乗りレース体験カーをドライブしたり、エンゼルス球場では始球式を行い、グランプリウィークの盛り上げに一役買った。本番に向け「全力で走り、優勝したい」と意気込みを語った。【永田 潤】
記者など約250人を集めたメディアランチョンに招かれた佐藤選手はスピーチし、2013年に初優勝した同グランプリについて「フォーミュラー1がかつて走り、インディカーが競い合う伝統のコースに戻って来ることができた。世界のメジャーレースで、日本人で初めて勝つことができた思い出のコースだ」と感慨深げに話した。市街地でのレースについては「テクニカルで、決して容易ではない。みんなに勝つチャンスがあるので、接戦が予想される」と、見どころの多い激しいレース展開に期待を持たせた。
スペイン語のテレビ局の取材に応じる佐藤選手(左)
すべてのドライバーが憧れる米自動車レースの最高峰のインディ500の優勝者への注目は高く、メディアに囲まれた佐藤選手は、地元のテレビにラジオ、新聞、雑誌のインタビューに応えた。羅府新報には、日本人ファンに向け「優勝を目指して全力で走るので、応援してほしい」と呼びかけた。
今季のマシンの特徴について、エアロパッケージの改良により、ダウンフォースを抑えた(昨年比で2割減)ため、直線スピードが伸びていると説明。「直線速度が速くなった分、早くブレーキをかける必要があり、コーナーに入るのが少し難しくなったが、チャレンジだと思う」と語った。
グランプリの抱負は「トラブルフリーで、練習走行から本番まで順調にいきたい」。車のパッケージが去年と大きく異なるため「走ってみなければ分からない」としながらも「前回のレースでいい感触を得たので、そのセッティングがうまく合ってもらいたい」と願う。
今季のシリーズについては「誰にも勝つチャンスがあるので、チャンピオン争いも激しくなるエキサイティングなシーズンになるだろう」と予測。信条の「No Attack, No Chance」を貫き、昨年のインディ500で見せた得意の追い抜きで、今季もファンを魅了してくれるだろう。
「オーバル(ショートコースとハイスピードコース)」、「レギュラーサーキット」、「ストリート」を走る各コースへの対応が勝利のカギとなるが「(マシンとチームの)ポテンシャルの高さをすごく感じている。開幕戦は残念な結果(12位)に終わったので、2戦目とここの3戦目で結果を残して、次につなげ、タイトルを目指して頑張りたい」と意欲を示した。
自身のカーナンバーと同じ背番号「30」のエンゼルスのユニホームに身を包み、始球式で一球を投じる佐藤選手
ディフェンディング・チャンピオンとして臨むインディ500は「まったく予想がつかない。(来場者)30万人が(前年の優勝者の)僕の顔の写真のチケットを持っていて、メインゲートにはものすごい大きなバナーが張ってあって本当に信じられない」。オフシーズンは優勝者として、チケット販売開始のプロモーションなどを手伝い続けたことで「本当にインディ500で勝つことは、すごく大きなことだと改めて感じている。レースには前年度の優勝者として挑み、楽しみたい」 インディ500に勝ったお祝いにホンダからは、同社の最高級スポーツカーNSXが贈られた。安倍首相からは官邸に招かれ、迎賓館ではトランプ大統領にも謁見し「今までの自分の人生ではなかったことを経験させてもらった。みんなのサポートのおかげなので、そういう意味で感謝の気持ちが強い」 エンゼルスの始球式の前には、打撃練習を終えた大谷翔平選手と励まし合い、いつもは書く側だが、帽子にサインをもらい、満面の笑みを浮かべた。2人はスポーツメーカー「デサント」のアンバサダーを務めており、佐藤選手は「これまでは、カタログでの『共演』はあったけど、大谷選手と実際に会って、一つのフレームに納まることができてうれしい」と喜んだ。大谷選手のメジャー初ホームランの目撃者にもなり、刺激を受けた様子の佐藤選手は、グラプリ優勝に向け集中力を高める。
メカニックに手伝われ、永田(左)は車に乗り込んだ
佐藤選手、記者を乗せ妙技披露
レース体験カーをドライブ
佐藤選手は、グランプリのレースコースで、インディカーをモデルにして製造された2人乗りの模擬レース体験カーをドライブし、新聞記者やモータースポーツライター、スポーツコメンテーターなどを後部座席に乗せて走り、妙技を披露した。
この2シートカーは、F1とインディカーの両王者となったモータースポーツ界のレジェンド、マリオ・アンドレティさんがドライブし、ファンの注目を集めている。同車はインディ500が開催されるインディアナポリスを拠点に活動する「Indy Racing Experience」社が6台(1台約100万ドル)所有し、全米のサーキットを巡回している。同社営業部長のションダ・ケネディさんによると、インディカーのレースウィークの金、土、日に各カテゴリーのレースの間にコースを走行する。
同乗者には、トム・クルーズ、レディ・ガガなどのセレブリティややトランプ大統領、NFLのニューイングランド・ペイトリオッツのクォーター・バック、トム・ブレイディなどのスポーツ選手、有名スポーツキャスターなどが招かれ、一般応募を含めると2001年の同社創立以来、約1万2000人が体験したという。
インディシリーズのコースを、インディカーに近いコンディションで走ることを売りとし、ドライバーを務めるのは、アンドレティさんをはじめインディ500の勝者などの実績を残した元ドライバーが多い。現役のインディカー・ドライバーは同日にレースに出場するため、この2シートカーのハンドルを握ることはないため、ケネディさんは「今日は、ロングビーチで勝ったことのあるタクマにドライブしてもらい、同乗者はとても幸運だ」と語った。
ピットを離れ、いざコースへ
「すべてが、カスタム・ビルド」と話すメカニックのクリス・ケネディさんによると、この車はレースカー・メーカー「ダラーラ」社によるイタリア製で、2012年モデルのインディカーをベースに、2シートカーにシャシを設計したという。レース場でのスピード感を味わってもらうために安全性を保ちながらモノコックはカーボンを用いるなど軽量化を図り、搭載するホンダパワーのツインターボエンジン(3・5リットルまたは2・8リットル)により、オーバルコースのストレッチでは時速200マイル以上を出す性能を持つ。 車幅はインディ・カーと同じだが、2人乗り仕様にするためにホイールベースを伸ばし、全長は18から20インチ長い。足回りは、レース用のスリックタイヤとサスペンションを装備しており、加速から減速、コーナーリングすべてでレース感覚を味わうことができるという。エアロダイナミクスもできる限り2012年製造当時で同年のモデルに近づけた。車高は若干高めの約40インチで、同乗者は身長にもよるが、ドライバーとほぼ同じ高さの目線だという。 佐藤選手は、この日初めて2シートカーをドライブした。インディカーと比較し「マシンの車重が重く、エンジンパワーも抑えられているので、体感的にはインディカーの半分くらいの速さだった」と、フィーリングを語った。 「車の持つ性能の9割まで引き出して走った」といい、残りの1割をセーブした理由は「車が重く、エアロダイナミクスやシャシのセッティングができないので、そのままの状態で走らせるしかないのと、お客さんを後に乗せているので慎重に走った」と説明した。だが「インディカーのレースでのフィーリングは、十分に味わってもらえたので、いいイベントだと思う。2シーターに乗ってメディアやファン、VIPの方々と時間を共有することはなかなかないので、僕自身も楽しかった」と笑顔で話した。
記者の永田潤も「一生に一度の体験」
ドライバーは「インディ500ウイナー」
羅府新報社の私、永田潤も記者に与えられた恩恵に浴し同乗した。「インディ500のウイナー」、佐藤選手のドライブは、同じ日本人として光栄に思い「一生に一度の体験」に他ならない。興奮を抑えながらレース用耐火スーツとグローブ、フェイスマスク、ヘルメットに身を固め、後部座席に乗り込んだ。4点式のシートベルトを締めてもらい「いざ出陣!」
車高が低く地を這うようにピットレーンをゆっくりと発進し、本コースに出るやいなや、体験したことのない凄まじい加速に驚いた。見る見るうちに視界は狭まり、テレビで見るレースの車載カメラが映す光景が広がる。1コーナーが見えると急減速、これまた乗用車では味わえない前方に引っ張られる感じがした。全コース、コンクリートウォールと上部は金網のフェンスに囲まれているため、道幅は実際よりもずっと狭く思えた。コーナーは、車が曲がるというよりも、内側から壁が飛んでくるという不思議な感覚だった。
コース脇のヤシの木や花畑と噴水、水族館、コンベンションセンター、高層マンションなどを見る余裕などなかった。イヤプラグは付けなかったがエンジン音や振動は気にならず、車はストリートコース特有の弾んだりもせず、スムーズに走った。
佐藤選手には失礼だが、さすが元F1ドライバー。車をスライドさせることなく、減速しながらのギアのシフトダウンもスムーズ。この体験ライドのスピード以上の速さで走り、しかもバトルを繰り広げるインディカー・ドライバーのテクニックは、神業としか思えない。このグランプリでは、見方が変わるように思えた。
レースカーの体験ライドを終えた永田のリクエストに応え握手する佐藤選手(右)
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