パラオ その2 日本語事情
前回「パラオ」について書いたが、パラオの日本語事情やその親日ぶりについて続けたい。春の日本滞在時、天皇皇后のパラオ慰霊訪問に関連したTV報道を見ながら取ったメモを基に書いてみる。 先の大戦終結まで日本の委任統治領だったパラオは、戦後米国の信託統治下に置かれた後、94年に独立したが今も非常に親日的だ。国旗は日本の日の丸が元になっており青地に黄色の丸だけ。 終戦まで日本語だったパラオの公用語は現在はパラオ語と英語だが、今も日本語を公用語に加えている州もある。 今も日常的に会話や文書で使われている日本語は3、4千語あるそうで、その例を見ると、ウィキペディアにも若干出ているが僕のメモが多いので挙げてみる。 デンキ、デンワ、ダイトウリョウ、リンゴ、扇風機がセンブーキ、ジャンケンポ、あんドーナツがアブラパン、飛行場がスコウジョウ、混乱するはアタマグルグル、どういう訳かビールを飲むはツカレナオス、乾杯はショートツ。それで「ツカレタツカレナオス、ショートツ」と言えば「疲れた、ビールを飲む、乾杯」となる。 前回、カードは花札をすと書いたが点数も日本語。年号も昭和何年という人々も大勢いる。日本の名前を戦前から持っている人も多く、戦後も子供に日本名を付ける家庭も多い。戦前は名字がなかったのを日本政府が勧めて人々が名字を持った。日本のタロウとかサブローなどの名を名字にしている人もいる。94年の独立時の初代大統領はクニオ・ナカムラ氏。この人は三重県出身の父親と酋長の娘の母親に生まれた人で言わば二世で日本語も流暢だった。この他にも今も日系政治家たちの力は強い。 天皇の訪問は歓迎一色でパラオの人は、訪問は素晴らしい、もっと日本と交流したいと反応。特に天皇献花のペリリュー島では休日となり全島民が出迎えた。さらにこの日は州の新祝日に制定された。 パラオは最親日だが僕が旅行した世界には強く親日や好意的な国々が多数ある。夫々に歴史上の背景や出来事がしっかりある。ミャンマー、トルコ、台湾、インドネシア、タイ、ハンガリー、チェコ、アイルランド、フィンランド、中近東、中南米、書き切れない。絆を大切にしたい。【半田俊夫】
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