伝統か人命か
「日本の伝統芸能の歌舞伎は女性が役者になれないって聞いたけどそれホント? 今でもそうなの?」 アメリカに来て間もないころ、アメリカ人からこんな質問を受けた。「そうか、そういう捉え方もあったのか―」。日本にいた頃はそんなことを聞かれたこともなかったから、外から見ると別の見方があるということにあらためて気づかされた。 そのアメリカ人はこうも続けた。「芸術を表現するのに男性ならOK、女性はダメっていう差はあるの? それって男尊女卑じゃない? その発想、私たちには理解できない―」 「伝統」という言葉で片付けてしまえばそれまでかもしれないが、今の時代、とりわけアメリカ人からすると疑問符が残る慣習であることは間違いないとその時悟った。 先日起こった女性土俵問題は、アメリカだけでなく各国でも物議を醸している。 京都府舞鶴市の大相撲春巡業で、土俵上で倒れた市長の救命処置を施した女性たちが土俵から下りるようアナウンスされた問題だが、日本の差別を象徴する出来事として報じられている。 ウォールストリート・ジャーナル紙は「相撲や歌舞伎など日本の伝統文化で女性は対等に扱われておらず、日本の男女の不平等さを反映している」と紹介。 ニューヨークタイムズ紙は一連の出来事の一部始終をとらえたYouTubeの投稿動画の再生回数が5日までに80万回を超えたことに触れ、「相撲は日本でもっとも古く神聖なスポーツとされている。しかし女性が土俵に上がることは決して許されない。たとえ人の命が危険にさらされても」と伝えた。 「世界経済フォーラム」が毎年発表している2017年版「男女格差報告」で日本は144カ国中114位だった。16年の111位、15年の101位から年度ごとに順位を下げている。ちなみに米国は49位だった。 伝統は大切だ。しかし、人の命は何よりも尊いと思う。一刻を争う事態の時、人命より大切なものは他にあるのだろうか。もしあの時、迅速な救命措置がとられていなかったら、最悪のシナリオも頭をよぎる。「あの時、こうしておけば良かった―」。命に関わる事態の時、その後悔の言葉は通用しない。【吉田純子】
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