子供たちに教室の掃除を
軋(きし)まない機械は油を差してもらえない。つまりアメリカ社会で自己主張の出来ない人間はみそっかすである…ということで、いつでも、どこかで、誰かが要求を貫くためのデモを組織し、訴訟を起こし争っている。 毎年引き上げられる不動産税の50%近くは市の教育費に充てられているはずなのに、シカゴの教育局は恒久的な赤字に悩まされており、今年は用務員組合がプラカードを掲げて給与の引き上げと待遇改善を要求してデモを始めた。 校舎の内外が汚い。壊れた設備や備品が放置されたままで、カビが繁殖したり、学童の健康管理も十分でない、など保護者の目にもはっきりと見えることからデモを支援する声も多く、1週間ほどで要求が通り、用務員の数を増員して、夏休みには徹底的な清掃をして子供たちのために「清潔な校舎」が約束された。 現在は学齢期の子供がいないせいで学校に足を運ぶのは選挙の時くらいだが、日本で生まれて育った私がいつも不思議に思ったことは、どうしてアメリカの学校では子供たちに教室の掃除をやらせないのだろうということだった。 自分たちが勉強する教室を自分たちで片付けてきれいにすることも大切な教育の一環であるはず。そうすることで、校舎や教室を大切に使う心を育てられる。 昔、子供たちの学校を訪れて、机の下に噛み捨てたガムの塊がいっぱいくっついていて驚いたことがあった。 低学年はともかく、3、4年生にもなれば、ある程度の清掃ができて当たり前である。用務員の数を増やすことも必要かもしれないが、子供たちにも最低限の清掃の責任を持たせていいはずである。 掃除を喜ぶ子供などいないだろうが、いつかそれが生活習慣となり、公共の場にゴミを捨てる大人も少なくなるのでは…などと、可能性の少ない将来を想像してみたりする。 掃除を任せることで万一子供が怪我でもすれば、すぐに損害賠償など訴訟に持ち込む保護者がいる社会的な体質も障害になっているだろうが、優れたアメリカの教育の中で、公共のものを大切にする「道徳」がなおざりにされているように思う。【川口加代子】
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