当て字の世界
英語を翻訳中、俳優の「Line」という単語を「セリフ」にするか、それとも「台詞」か「科白」にするか迷った。いわゆる漢字はどちらも当て字である。台本や舞台の「台」に、言葉を意味する「詞」を組み合わせた「台詞」の方がしっくりきそうだ。「科白」は「科学」を思い起こすが、中国語で「科」は動作、「白」は「話す」意味があるようだ。 当て字の明確な法則は定めにくいが、漢字の読み方を無視して、似た意味を表す用法がある。(注)熟字訓というのがあり、厳密に言うと当て字の定義と異なるらしいが、ここではそれらも含む。 「田舎」=「いなか」 「黄昏」=「たそがれ」 「流石」=「さすが」 「土産」=「みやげ」 「海苔」=「のり」 「女将」=「おかみ」 「馬鈴薯」=「じゃがいも」 漢字の意味に関係なく音訓の読み方を当てはめる用法もある。 「滅茶苦茶」=「めちゃくちゃ」 「巴里」=「パリ」 「出鱈目」=「でたらめ」 「出鱈目」は江戸時代、賭博のサイコロの隠語らしい。確かに鱈の目が飛び出て、サイコロの黒い点に似ているが、別に鱈でなくてもよい。 漢字の意味も読み方も考慮しているような当て字もある。 「倶楽部」=「クラブ」 「檸檬」=「レモン」 「如雨露」=「じょうろ」 当て字の世界は、誠に摩訶不思議。最高傑作はこれだ。 「珈琲」=「コーヒー」 喫茶店の看板でよく見たからか、豆を挽く情緒あるイメージや、安らぎや香りさえ漂ってくるから不思議だ。当て字の神髄ともいえる。考案者は江戸時代後期の蘭学者、宇田川榕庵(ようあん)らしいが、絶妙な感性と想像力の持ち主であろう。 当て字は概して外来語に多いが、自分なりに創作してみた。 「桟汰檬夏」=「サンタモニカ」 「移民汗流懸働人」=「イミグラント」 「強制客引摺降機航空」=「ユナイテッドエアライン」 「怒鳴奴賭乱屁」=「ドナルド・トランプ」 とにかく当て字は寿馬羅詩意!【長土居政史】
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