新年号:どうなる?敬老売却問題
2015年10月15日に敬老が初めて開催したパブリック・ミーティングにはおよそ400人が詰めかけた。参加者は赤いはちまきや「Save Keiro」と書かれたうちわやプラカードを持ち、売却反対の意思を示した。いまだ両者の溝は埋まっていない。
「敬老が売られる」というニュースは2015年、日系社会を大きく揺るがし、戦後まれにみる大規模な反対運動に発展することになった。 非営利団体「敬老シニアヘルスケア」(敬老)はおよそ50年にわたって、日・米両国からの寄付金とボランティアに支えられて、日系社会の高齢者たちのための4つの施設を運営してきた。売却が最終的に決まれば営利会社のパシフィカ社によって運営され、敬老は事業の形態を変えて、健康プログラムなどを通じて引き続き日系社会の高齢者のための活動をするという。2015年9月にカリフォルニア州司法当局が条件付きでこの売却を承認してからもうじき4か月がたち、2016年の1月下旬にはエスクロ―が閉じられ売却手続きが終わるとされている。 しかし、この反対運動が決着する見通しはたたず、裁判の準備も進められ、今後、情勢が変わる可能性もある。今回の特集では、日系社会で活躍するリーダーたちにこの4カ月間を振り返ってもらった。彼らは何を感じ、何をこれからの教訓と受け取っているのだろうか。【中西奈緒、写真も】
◎ロサンゼルス東本願寺別院 輪番伊東憲昭さん(66)—在米歴60年
1960年代とか70年代までだったらどう解決していたかなと考えました。当時は日系コミュニティーのリーダーがかなりはっきりと決まっていました。みんなが尊敬する人たちがいて、喧嘩している人たちを座らせて話を聞いて解決していました。でも、いまは世代交代してむしろ日系3世がリーダーシップを握っているので、彼らは昔と違うやり方で決めたりしているのかもしれません。 今回の敬老の問題はやはりもうちょっと敬老のリーダーがコミュニティーと常に話しあいをしながら、居住者に安心してもらうためにも、もっと話を聞いて議論をすれば良かったのではないかと思います。 私は5年前くらいまで日米文化会館の理事をしていました。かなりいろいろな問題があってもめたりしましたが、私はたまたま日本語が話せるから反対している日本人たちに話をして解決することができました。 しかし、どの団体も特に経済的な問題になると、あまり言いたくないし公に報告したくないものです。それはある程度「恥」を感じることでもあるからです。だから、言いたくないことを隠してしまう。そういうニュースが流れていくと反対の意見の人たちが出てきて「あなたたちは何をしているのか」という風になってしまいますから。 今回の敬老のことは新聞を読んだりいろいろな人から話を聞いたりして、敬老のリーダーが言っていることもコミュニティーで反対している人の言っていることも正しいと思っていて、簡単には解決できる問題ではないと思います。 しかし、特に敬老を建てようと思いついた人たちがどういう願いで建てたのかと考えると、彼らは何とかして維持していってほしいという願いを私たちに伝えているのではないかとも思うのです。 でもその半面、私には敬老のような施設が必要なのだろうかということも考えるのです。私はちゃんと英語もできるし、日本食がなくてもいいと。まあ、私は日本食があった方がいいとは思うのですが、どうしてもということはないので。敬老の存在がいままでは本当に必要で、まだまだ必要であるとも思います。しかし、敬老の意見ではもう今の日系社会の人たちは家の近くの施設に入っても問題ないのではないかという話もあります。 西本願寺で集会があった時に、かなり新1世(戦後移民者)に不親切な意見があったと聞きました。あなたたちは敬老を建てる時に寄付しなかったとか、敬老は1世と2世のもので新1世のものではない、とか。敬老のその態度はちょっとよくないなと思いました。いまだに新1世と昔からの日系社会とが1つになっていないということがあります。でも、だんだんと県人会協議会とかゴルフ大会にいくともう英語で司会をしている。「徐々に変えていこう、私たちアメリカにいるんだから」という意識があるので少しずつ変わっていっています。 売却までの道、方法をもうちょっと考えてもらいたかったと思います。敬老のリーダーも一生懸命やっていることもよく知っているし。もし私が敬老の理事のゲリー川口さんの立場だったら同じようにやったかもしれません。こういう猛烈な反対があったので、それで反省できるんですけれども。結局、いきなりこういう話が出てしまったということが問題だったと思います。 結局これからは、私たちの力では、いまの財政ではやっていけないということのようですが、だんだんと危なくなってきているということを1年前とかにコミュニティーに言って「困っているんです」と伝えて、それで寄付でおさまるなら寄付をお願いする。寄付でも将来がないということならはっきりと言ってもらえればよかった。そうしたらコミュニティーはどちらかというと助けようとしたと思うのです。反対するのではなくて。そういうことが起きたかもしれない。そういう方法だったらもっと解決できたかもしれない。反対している人たちは、敬老はそういったことを全部隠して、いきなり売りますというニュースが出たので驚いてショックだったと言っています。でもそういうことを第三者である私が全体をみてこうすればよかった、というのは簡単に言えます。ですから、私は敬老のリーダーを責めることはできません。売却のことはいままで私もうわさで聞くぐらい。見ているとやはり話し合いがなかったのではないかと思います。 今回のことである程度コミュニティーが分断されてしまっているように見えます。親しい友だちなどがこの問題で別れてしまうのは残念だけれど、問題が解決したらまた仲良くなれるだろうと思います。 日系社会ですからね、みんな日系と名乗っている人を囲んだ日系社会でないとだめですよね。敬老の理事会には2人しか新1世がいないということで、それでそういう結論になったと思うのですが、もし3分の1くらいでも日本語を中心に話す新1世たちがいたら「いや、まだ日本語のサービスはあと10年必要、15年は必要なんだ」とかいうことができた。このままだと5年間ということですからちょっとそれは短すぎると思います。
◎センテナリー合同メソジスト教会 マーク中川牧師(60)—日系3世 私は長年ここで活動してきた1人として、敬老のことを心配していました。牧師の仕事はみんなを助けることです。教会としてはどちらの側にも立つことはできませんが、個人としてはコミュニティーの側、つまり売却に反対する「敬老を守る会」側にいます。父親が2年引退者ホームに、そのあと2年看護ホームにいました。教会のメンバーもいま10人が敬老で生活しているので、とても身近なことです。 どうして反対運動が起きたのかというと、敬老は日系社会にとってとても大切なものであるという共通認識があること、「守る会」のメンバーが献身的に諦めずに頑張っていること、そして、敬老の態度が前向きではなく、情報の開示の仕方も不透明だからです。信頼ができないし、誠実ではないと思っています。 今回のできごとの教訓をあげるとすると「Real Power Comes From Below, Not From On Top」(本当の力は上からではなくて下からくる)ということに示されています。日系社会の組織を代表としている場合、リーダーはオープンで、責任感があって、公平であるべき。敬老のリーダーたちはその反対だと思います。透明性がないことでどんな結果が生まれるのか、見込み違いをしていた。つまり、今回の決定の影響がどれ程のものなのか過小評価していたといえます。理事たちが「守る会」のメンバーや一般大衆に向けた情報発信に熱心でない態度をとっていることも問題です。 日系コミュニティーの組織やそこで暮らす人たちは「仕方がない」と思ってしまったのかもしれません。あるいは、「敬老はちゃんとやってくれているだろうと」信頼していたのかもしれない。そこで「守る会」のモー西田さんや医師たちが疑問をなげかけたのだと思います。 日系社会では日系人の戦後補償の問題が戦後最も大きい問題でした。しかし、この場合闘う相手はアメリカ政府でした。敬老問題は日系社会の内輪の闘い。このコミュニティーは小さく全ての人たちがつながりすぎているところがある。今回のことでコミュニティーは分断されたともいえると思います。 しかし、希望を捨てたわけではなりません。日系社会はロサンゼルスだけではなくオレンジ郡とかいろんなところに広がってより多様になっているけれど、一緒になってこの問題を解決することができると私は思っています。
◎県人会協議会会長 小林正三さん(72)—在米歴45年
最近になってこのニュースを聞いたので詳しくは分からないのですが、日本のサービスや食事などが考慮される日系人向けの施設で、これからも日系人の経営者でやってほしいと思っています。県人会協議会の理事はいま100人いて平均年齢がだいたい75歳くらいです。いまはみなさん元気ですが、中には家族がいない方もいます。これからまさに敬老のような施設の需要が増えてくると思っています。県人会全体だとメンバーは1万人くらいで、平均年齢はもっと上がります。 それから、県人会のメンバーの中には今まで寄付をしてきて、情報をもらっていないと憤慨している人たちもいます。敬老が誰かに取られる、持っていかれるという気持ちがあるのだと思います。経営が大切なのは分かるけれど、もうちょっとプロセスを大切にして、広く話しあいをして知らせていくことが重要だと思います。とにかく情報がありませんでした。 県人会協議会は35年もの間、毎年プロの歌手を招待して敬老で演芸会をするなどして貢献をしてきました。敬老はコミュニティーの財産だから、コミュニティーにきちんと情報を開示することが必要です。日系3世になるとアメリカ人と一緒なので、ビジネス的な割り切った考え方をするのかもしれません。県人会も創立50周年で、英語を中心に話す2世、3世がたくさんいます。県人会はいま敬老と同じように過渡期の中にいるのだと思います。
◎県人会協議会副会長 松岡八十次さん(68)—在米歴35年
この1年間、引退者ホームで書道を教えるボランティアをしています。ホームで居住者の人たちとつきあうようになって彼らのことが心配になってきました。いまは、羅府新報や反対派のメンバーと話をしたりして段々と状況が分かるようになってきたところです。 今後営利団体に買われて経費も膨らんで成り立つのだろうか、居住者にとって良くないのではないか、州司法当局の判断が変わる可能性があるのかどうか、といろいろと心配しています。 今回、敬老は一方的に売却を進めたという印象があります。自己主張を通すばかりで、反対をしている人たちとの妥協点を見いだそうという意志がないと感じています。 また、一方で日系社会にも問題があると思いました。日系社会というのは火がつくまで動かず、われ関せずの人が多い傾向があります。 自分の身を守るのが先になってしまうので、今回のような運動が起きるのが遅くなってしまったと思っています。
◎南加庭園業連盟顧問 小山信吉さん(81)—在米歴48年
連盟として30年以上、リンカーンハイツの看護ホームで庭園の手入れをボランティアでしてきました。毎回20人くらいのメンバーで年に6回です。私の母親が15年前このホームにいて亡くなったこともあるので、敬老への思いはひとしおです。 おととしの12月頃、連盟のメンバーで入居している人がいて、売却のことを心配していたのを覚えています。しかし、去年の9月になって、売却がエスクローに入ったと知って、まさかそこまで話が進んでいるとは知らず大変なことになってしまったと思いました。 連盟の会員はいまおよそ800人。そのうち75歳以上が475人で、会全体の80%が日本語を中心に話す新1世です。 長年一緒に活動しているメンバーのこと、そして私自身も将来のことを考えると、とても他人事ではありません。現在、すでに敬老で暮らしているメンバーもいますが、敬老のような日本語でサービスを受けることができる施設が必要になるのはこれからなのです。 75歳にもなると、明日どうなるか分かりません。心の拠り所があるのとないのとでは将来への安心度が違います。普段英語を使って生活をしていても年をとって痴呆症などになった場合、もともとの言語である日本語に戻ってしまうという話も聞いています。 いま連盟として「守る会」の活動に賛同しています。会に役立ててもらいたいと思い、連盟の施設を毎週のミーティグに使ってもらったり、メンバーからドネーションとして1万8千ドルを集めたりしました。 いざ自分が年をとって、敬老の存在の大きさに初めて気がつくのでは遅いと思います。ですから、いま出来ることをメンバーと力を合わせて一生懸命にやっていきたいと思っています。
◎小東京実業家組合会長 エレン・エンドウさん(69)—日系3世
高齢者のヘルスケアは成長産業なので、ビジネスの視点からみると今回の敬老の判断は理解できることもあります。しかし、コミュニティーの立場にたった場合は賛成することはできません。 仮にもし、日系社会の中にある別の非営利団体が売却されるような場合は、そこには人は住んでいないので彼らは追い出されることはなく、売却後も簡単に新しい状況に適用することができると思います。しかし、敬老には高齢者たちが住んでいるのです。彼らは簡単にいろんな新しいことに適用することが難しいものです。食べ物も、さまざまなアクティビティーでも、毎日同じ流れの生活が大切だと思います。 それから、コミュニティー・アドバイザリー・ボード(CAB)をつくるのはあまりに遅すぎます。こういったグループをもっと早い段階でつくって売却するしない、その他のオプションを含めて初めから話しあっていくべきだったと思いました。 この問題はとても感情的なもので、建物のことではありません。コミュニティーの人たちは裏切られたと感じています。慈善団体は人を助けるためのもの、他にももっと創造的なアイデアがあったのではないでしょうか。 敬老はコミュニティーの人々に話したくなかったのだと思います。面倒くさいし時間の無駄だと。それはとても傲慢な姿勢です。アメリカ的なやり方は情報を開示して、チームというものを感じながら動きます。敬老にはリーダーがいないし、この問題は日系社会の内側で闘いあっている。例えば、メトロの接続工事にともなう道路閉鎖の問題は闘う相手はロサンゼルス郡なのでもっと問題の構造が分かりやすく、解決に導きやすいと思います。 今回の問題は狭い日系社会の中で起きています。家族、友だち、親戚、みんなつながっていて、誰も批判されたくないですし、ビジネスで問題を起こしたくもない。だから多くの人がこの問題に関わろうとしない。それから、敬老という組織が大きくなりすぎて、個人の意見が歓迎されない「うるさいファクター」になったのではないでしょうか。意図的に内側に向いて、否定的な話を最小限にしたのだとも思います。 教訓は、もっと早い段階でコミュニティーに情報公開すること。そしてすべてのオプションを探求すること。敬老は内側ではやったかもしれませんが、いいアイデアと悪いアイデア両方見て行く必要があります。今の状況はただ人々をいらいらさせただけです。そして、敬老は独自にリサーチをして結論を出したと言っていますが、コミュニティーも独立したリサーチグループをつくって客観的に分析することも必要だったのだと思います。
◎日系パイオニアセンター会長 半田俊夫さん(73)—在米歴40年 まだ、売却を止めるという本来望んでいる結果は出ていませんが、多くのことを動かすことができるという力を示したと思います。ここまで状況を動かすことができたのは、多くの新1世たちの参加と協力もありますが、やはりネイティブの日系米人英語族の行動力、コネクション、英語力、また、彼らは日系の地域社会の文化に精通しているので、どう手を打てばよいか分かっていたことなど、日系人の総合的な力が鍵となったのだと思います。 今回の教訓、これは敬老問題の本質ともいえますが、非営利団体というのは理事や定款など形式だけを整えても、その理事の意識が欠如して受け身の集団になってしまっては、その実態は何の意味もなさない、大切な決定も下せない集まりなってしまうということです。そこに利益を目的とした人が幹部として雇われると、その人の力が大きくなりすぎて適切でない判断が下されていくことがあるということです。 一方で、コミュニティーはアンテナを働かせて早い時点、タイムリーな時点で外部から問題を捉えて行動を起こすことがとても大切だと思います。 今後の展開で期待しているのは、日系人中心のノウハウを押さえた粘る力です。もし、売却防止ができずに終わった時は、次のアジェンダに切り替えて、強く賢くしつこく運動をしていくことが大切で、私たち新1世もこれからも積極的に参加していくべきだと思います。
◎南加日系商工会議所顧問 青木義男さん(61)—在米歴47年
非営利団体でも営利団体でも部外の人が干渉するのはあまりよくないとは思いますが、非営利団体としての敬老は日系社会から恩恵や寄付を受けているので、自分勝手なやり方で売却を決めたことは社会的によくないことだと思っています。 運営するにあたって赤字を抱えているのなら、日系社会にそれを素直に話して相談すればよかった。社会を巻き込みながら建設的にすればよりスマートに他のオプションについても考えて進めることできたのではないだろうかと思うのです。 コミュニティーの人たちは、長い年月、敬老に寄付をしたりボランティアをしたりしてきているので、敬老はみんなのものだという意識があります。敬老はそれを甘く見過ぎてきてしまったのではないでしょうか。今まで自分たちが運営してやってきた、継続してきたという自負があるから傲慢になってしまったのかもしれない。もし日商が同じ状況になったらコミュニティーにお伺いをたてると思います。そうすれば協力を得られるし、反対運動は起きることはないと思います。 誰もがみんな年を取っていくわけですから、敬老売却問題はコミュニティーのみんなに直接関わっている特別なケースだと思います。だから感情的にもなる。 今回、日系2世3世4世よりも、新1世の日本語族が頑張って動いていて、温度差も出てきているように感じています。今回の反対運動は、今までの日系人と新1世の確執が表に現れた1つの現象ともいえるのではないかと見ています。
◎敬老引退者ホーム居住者、創始者の1人エドウィン・ヒロト氏の弟 ウィリアム・ヒロトさん(87)—日系2世 敬老もたくさん努力してきたと思いますし、ビジネスの視点にたった場合、彼らが売却しようとする理由も理解できます。2年前とか1年前、コミュニティー側からリーダーが出てきませんでしたが、今回「守る会」は動くのは遅かったですがよくやっていると思います。一方で、メンバーがそれぞれ自分のアジェンダ(意図)を持って行動をしているようにも見えます。 日系2世3世はコミュニティーへの愛着が少ないかもしれません。今回、敬老はどれだけ新1世や新2世がいるのか、反対をしているかを知らず、間違った人口構成の解釈をしていたのではないかとも思います。今回の問題点は、コミュニティーで反対している人たちと敬老が互いに耳を傾けようとしなかったこと。つまり両者のコミュニケーションの欠落が原因だといえると思います。 今回コミュニティー・アドバイザリー・ボード(CAB)に応募しました。州司法当局が条件を出した5年間に限らず、できればその後もパシフィカ社をしっかり監視する役目を担うことができればいいと思っています。
◎小東京の保険代理店経営者Mさん(37)—在米歴18年
これから日本語の介護サービスがより必要となる新1世の方への心配が尽きません。また、悲しいのは私も含めてこういったニュースが出るまで敬老問題に無関心だったことではないかと思います。 私たち新1世もコミュニティー意識が特に薄くなったような気がします。こちらで骨を埋める、そういう年齢になったら日本へ帰る、という選択肢がある私たちと、帰る先の無い移民のコミュニティーとは少しスタンスが違うのかもしれませんが、少なからず自分や自分たちの両親の世代など、近い将来のことを考えると無関心ではいられない、避けては通れない問題だと思いました。 また、言語の壁はありますが、英語と日本語で、日系社会にニュースや情報を届けることの大切さをあらためて考えるべきだと思いました。
◎コミュニティーづくり研究家、東大院卒博士(国際貢献)、小東京サービスセンター勤務、樋口博子さん(43)—在米歴7年 コミュニティーづくりに欠かせないもの、それは人々の「コミュニケーション」です。敬老問題は私たちにコミュニケーションの大切さを再認識させてくれました。 コミュニケーションはただ話をしたらよい、意見を言ったらよい、ということではありません。コミュニティーが重要な決定をする際、人々が適切な情報を受けとり、意見を聴取され、そこに意味のある応答が繰り返され、協同や協力の精神が生まれていくこと、私はこれがコミュニケーションなのだと思います。 130年の歴史があるロサンゼルスの日系コミュニティは常に困難と向き合う歴史でした。時に衝突を生じながらも、チャレンジが人々のコミュニケーションを生み出し、コミュニティーを変遷させてきました。 敬老問題は始まったばかりです。日系高齢者のために私たち一人ひとりができること、それは、人々がつながり、コミュニケーションを続けることだと思います。そうすることにより、日系コミュニティーは新たな次元に進化するのです。今、私たちのコミュニケーション能力が問われているのだと思います。
◎小東京サービスセンター社会福祉部責任者兼アクティビスト マイク・ムラセさん(68)—日系3世 高齢者にソーシャルサービスを提供することに関わっているひとりとして、高齢者たちの要求に共感しています。彼らにとってとても大きな意味をもつ施設が外部の営利会社に売られてしまい、最終的にはなくなってしまうかもしれません。 売るという結論、そして、コミュニティーの多くの人たちによる激しい反対を導いた理由を分析するのには時間がかかると思います。その傷を癒して和解していくにはより長い時間がかかると思いますが、日系社会はいままでも多くの困難を乗り越えてきたので、私は今でも希望を持っています。
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【取材後記】
敬老問題の解決は予想を超える長期戦になっている。さまざまな人たちと話をする過程で、この問題は奥が深く、日系社会全体が抱えている根源的な問題を映しているのではないかと感じるようになった。 日系社会は狭いコミュニティーで、日本独特の「ムラ社会」的な要素が強い。利害が絡み合い、癒着が生まれ、風通しが悪く、言いたいことが素直に言えないといわれている社会。この問題に関わりたくないと思われるリーダーたちも少なからずいて、敬老の理事たちが他の日系組織の役職も兼任していたり大口の寄付者であることも、彼らが発言に消極的な一因ともなっているようだ。 インタビュー中や、インタビューを依頼する過程で次のようなコメントも出てきた。 イベントなどで大役を務めることもある新1世の男性は「売却は理事が決めたことだから何もコメントすることはできない」、自営業を営む日系3世の男性は「コメントをしたら訴えられてしまうかもしれない」、新1世の非営利団体のリーダーの男性は「後から敬老の理事に叱られてしまうかもしれない」また別の男性は「英語版にするときには匿名にしてほしい、理事が読むから」、日系3世の非営利団体のメンバーの男性は「自分が担当しているプロジェクトは敬老の理事が関わっているから寄付が集まらなくなると困る」、また別の非営利団体のリーダーの男性は「理事がうちの組織のメンバーを辞めてしまったら困る」などと話し、敬老の理事たちに気を使う。 敬老問題を他人事として捉えているのか、もともと関心がないのか、意見を持ち合わせていないのか、あるいは自己保身のためなのか。今回、取材を断る人たちが多かった中で、快く取材に応じてくれた人たちに心から感謝したい。
◎問題の根底は
敬老を売るのか売らないのか、他の選択肢はどうなのか。経営状況、医療制度、そして人口構成、また国家や州の予算配分など時代とともに変わり、将来的にどんな解決がもっとも良いのかを見つけるのは簡単なことではないだろう。ビジネスの視点から見た場合、最終的に売却をするという選択は間違った判断ではないのかもしれない。 しかし、今回のインタビューから明らかとなった問題の本質は、売却そのものではない。むしろ、敬老売却をここまで大きな問題にしてしまったのは、敬老がコミュニティーへの説明責任を果たすという重要なプロセスを怠ってしまったことだといえる。そして、日系人と新1世(戦後移住者)との間の溝も問題にあげられるのではないか。 証言から分かるのは、コミュニティーの人たちは売却ありきではなく、敬老と対等な立場で一緒に話しあい、議論し、他の選択肢も含めて最善の対応を考えていきたかったということだ。それは「敬老は日系社会の財産」という共通認識からきているといえる。日系社会を構成するすべての人たち、日系人も新1世も関係者でありえるのだから、敬老の将来に関する対話のプロセスを省かれたことに大きな怒りを募らせ、日系社会を二分する大きなムーブメントとなってしまった。 また、今回の売却決定は28人中26人を占める日系3世の理事たち、そして同じく3世のCEOによってなされた。しかし、実際、引退者ホームの8割近く、中間看護ホームと2つの看護ホームのおよそ半数が日常生活で日本語を中心に話す新1世、あるいは帰米と呼ばれる人たちが占めている現実があり、また「敬老を守る会」のメンバーの半数以上も新1世である。 敬老の需要はこれから減っていくという立場の日系3世。まだまだ必要、むしろこれから必要だという新1世。今回、新1世の存在やニーズが考慮されなかったことも事態を大きくし、両者の溝を浮きぼりさせたといえる。つまり、敬老と日系社会全体、そして、日系人と新1世との「対話と調和」の欠如が問題をここまで大きくしてしまったのではないだろうか。
◎敬老問題の今後は、その着地点は…
敬老問題はまだ決着する見通しはたっていない。仮にエスクローが閉じられても、この問題が解決したことにはならず長引くと予想される。敬老問題だけではなく、「調和と対話」なしでは今後もいろいろな場面で両者の溝は深まっていく可能性がある。 ただでさえ狭く小さな日系社会。社会を二分し「身内」同士で長く争っていてはコミュニティー自体の力が弱まっていずれ存亡の危機にもなりうるのではないだろうか。古来から洋の東西を問わず、家督相続や利害関係で内乱が起きて自滅した国家や名家は数多くあった。 第2次大戦時の苦難をコミュニティーの団結で乗り越えてきた日系社会が、戦後70年が経過した今、内輪もめで衰退していく道だけは避けなければならない。両者にとってウィン・ウィンの結論を導き出すことは難しいかもしれないが、互いが歩み寄り、少しでも納得のいく解決が早期に訪れるよう望んでいる。
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