星港(シンガポール)の街かどで ⑭: 在シンガポール日本大使館参事官 伊 藤 実 佐 子
1964年8月、東京が今まさに始まらんとするオリンピックに沸く頃、当時まだマレー連邦の一部だったシンガポールに「ユーミン・クラブ」が発足した。日本文化が好きで、日本語を学びたいと考える若者たちが、当時の日本総領事館の支援を得て、非営利団体として正式登録したのである。ちなみに「ユーミン」は「育民」と書き、現在その名は「シンガポール日本文化協会(JCS)」となっている。
高度成長を遂げる日本を見つつ、その翌年8月にシンガポールは独立したから、国家より1歳年長のこの協会は、日本語教育の大本山といっても過言ではない。日本語熱が最高潮だった頃のコース申し込み時には、JCSが入居する5階までの階段とさらに建物を一周りするほど、申し込みのための行列ができたという。
今年から本格化した政府主導の「スキルズ・フューチャー」プログラムという生涯教育、ことに職業に役に立つ技を取得するための教育には、市民に年間500ドルが支給されることになり、これを授業料の一部として受け付けているJCSでは、どのクラスも満杯で、約2千人が学んでいる。1966年に教室が開校されて以来、3万4千人もの卒業生を送り出しているという。
JCSがまとめている数々の日本語学習関連刊行物も、今や貴重な史料だ
国際交流基金が世界60カ国以上で展開している「日本語能力試験(JLPT)」も、当地ではこの協会が年に2回実施しており、年間4千人が受験しており、ここ数年受験者数も増えてきている。 アメリカでは現在、この試験は全米日本語教育学会(AATJ)が年に一度12月に実施しており、全米16カ所で4800人が受験している。全米規模と比較すれば、いかにこの小国での受験者数が多いかがわかる。 先般、このJCSでの日本語教育修了式に参列した。5年間のコースを終えて高度な日本語を操る25人は、晴れやかな表情で修了証書を手にしていた。ほとんど社会人ばかりで、夜間の授業に5年間も通っての修了である。まもなく出産予定日かとも思える妊婦から、小さな子どもの手を引いた若い母親、そして白髪の高齢者まで交じっている。だから、職業上必要なツールとして日本語を学ぶことが必須という人たちばかりではないのである。文化や言語に興味があるから勉強したい、そんな意思を彼等の表情から感じた。 半世紀前に志を同じくし、JCSを立ち上げた若きシンガポール人と当時の私の先輩にあたる文化担当外交官が、この修了式をどのような気持ちで見るだろうと思いを馳せる。日シンガポール国交50周年の今年、私も微力ながら友好親善のために関与できて幸運であったと思いつつ、私はこの国を離れる。
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