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Writer's pictureRafu Shimpo

紙屑に睨(にら)まれて

 回覧物を持って違うセクションに行く途中、職場の正面入り口を入ったロビー(というほど広くもないのだが)のカーペットの上に紙屑が落ちているのに気が付いた。  急いでいたのでそのまま見過ごして通り過ぎ、用事を済ませて反対側の通路を通って自分のオフィスに戻った。  2時間あまりして再び正面ロビーに来ると、先ほどの紙屑が同じ場所に座っていてジロリと私を見上げている。人の行き来の多い場所なので、きっと複数の職員や来訪者が立ち止まったり通り過ぎたのだろうが、誰一人その紙屑に注意を払ってくれなかったようだ。  再び私は急いでいたので「後で…」と思いながら、紙屑を横目で睨(にら)み返して通り過ぎた。  同僚とのミーティングを済ませてオフィスに戻ろうとすると、私の前をデイケアのクライアントのAさんがうつむき加減に杖をつきながら歩いてゆく。私も彼女のペースに合わせて後ろからゆっくり歩いてゆくと、突然彼女は立ち止まり、右手の杖を左手に持ち替えて屈みこんで件の紙屑を拾い上げると、コーナーの屑入れに捨てた。  後ろを歩いていた私は、思わず顔が赤くなるほど恥ずかしくなり、Aさんに「ありがとう」と声をかけるのが精いっぱいだった。  Aさんは私を見上げてにっこりしただけで、またゆっくり洗面所のほうに歩いていった。  足の不自由な彼女が紙屑を拾い上げて屑入れに入れるのに要した時間はまず30秒も掛かっていない。急いでいたとはいえ、同じ場所を2度も通りながら紙屑をそのままにして通り過ぎた自分の横着がなんとも恥ずかしかった。  以来、再びあの恥ずかしい思いをしないために、気が付いた時に、目についた時に、「1分以内で出来ることはその場でする」を実行する努力をしている…が、時に「横着」が「優先順位」を持ち出して私をそそのかす。  特別よい子になるつもりはないけれど、この年になって自分に躾(しつけ)をしているのである。  後から、これが済んだら、そのうちに、明日、来週、暖かくなったら、などというのは若いうちに言えることで、人生残り少なくなると、明日も来週も当てにならない。【川口加代子】

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