黄昏れ時に思うこと
3年前、がんの手術を受けることになった87歳の母を見舞いに一時帰国した。 骨粗しょう症と心臓弁膜症で入院したのがさらにその4年前、もとの生活に戻りつつあった矢先だった。 着いた翌日、元カノから高校時代の同期の一人が膵臓がんで他界したことを知らされた。夜間は母に面会できないこともあり、空いた時間に元カノと会うことにした。 高校時代2人で毎日のように出歩いた渋谷の同じ場所で待ち合わせた。最後に待ち合わせたのが半世紀近くも前だったことに気づいた。この待ち合わせ場所も3年もたてば真新しい高層ビルに生まれ変わる。2人ともお腹がすいていたのでパルコの近くのレストランへ急いだ。 レストランのカウンターで、隣の席にカップルが着こうとした。青年が座ろうとした席に自分のコートを置いていたと勘違いした私は、彼の置いたバッグをどかそうとした。「あ、これ僕のです!」状況を悟った私は「そうですよね、ここに何か置いたような気がして…」と笑った。 すいていた店内はほぼ埋まり、カップルやおしゃべりを楽しむ人たちで華やいでいる。 少しして先ほどのカップルが席を立ち、彼が伝票を手にした際、自分たちのでないことにすぐ気づいた。見ていた元カノが「あ、どうぞどうぞ! 持っていってください」と言うと彼は照れくさそうに笑い、「いやー間違えたんです」と言い、私たちの伝票をカウンターに戻した。 2人がカウンターを離れると「カワイイね、まだ高校か大学生だよね」と元カノがいって微笑んだ。声には出さなかったが、昔の私たちみたいだと2人とも思った。 あの2人は初夏の日差しをいっぱいに浴びた育ち盛りの新芽だ。元カノと私は60代に足を踏み入れ、紅葉にさしかかった葉っぱ。秋風に揺れ、枝に付いた葉もいずれは地面に落ちていく。たき火に使われたり、歩く人や動物に踏まれ、カサカサと音を立てながら粉々になって土に還っていったり…。いずれ次の芽を吹く木や土の一部になってこの地球、宇宙を形成していく一端を担うのだろう。 エネルギーはカタチを変えても不滅だというのが物理学の法則だから、輪廻転生といえるのかもしれない。【清水一路】
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